(小4,5,6年)自主学習や自主勉強のネタとノートの書き方|小学生まなび研究会

【社会:6年】聖徳太子について

小学生のゆーちゃん
小学生の
ゆーちゃん

先生!聖徳太子は10人の話を一度に聞くことができたらしいよ。

松左衛門先生
松左衛門まつざえもん
先生

すごいね!先生は最大で2人かな。

小学生のゆーちゃん
小学生の
ゆーちゃん

ふつうの人だね。

松左衛門先生
松左衛門まつざえもん
先生

ふつうでいいの。

ノートの書き方(例)

【理科:6年】聖徳太子について

聖徳太子について

592年に推古天皇すいこてんのう即位そくいし、この推古天皇のかわりに政治をおこなったのが聖徳太子でした。

この天皇のかわりに政治をおこなうことを「摂政せっしょう」といいます。



冠位十二階の制定と十七条の憲法

聖徳太子は、603年に「冠位十二階かんいじゅうにかい」を制定せいていしました。これは、生まれた家によって役人やくにんの身分が決められていた制度を、家がらに関係なく能力のある人を役人とするという制度でした。

また、604年に「十七条じゅうしちじょう憲法けんぽう」を定めました。これは、役人の心がまえを17こ定めたものです。儒教じゅきょう仏教ぶっきょうの考えを取り入れた内容となっていました。


外交と文化

聖徳太子は、日本よりも進んだ文化を取り入れるため、小野妹子おののいもこらをずい(現在の中国)に送ります。これを「遣隋使けんずいし」といいます。

聖徳太子が政治をおこなっていたころの文化を「飛鳥あすか文化」といいます。このころ仏教ぶっきょうの文化が広まり、聖徳太子は「法隆寺ほうりゅうじ」を建立こんりゅうしました。これは現在も残る世界最古さいこ木造もくぞうでできた建築物けんちくぶつです。