覚えておきたい人物「キュリー夫人」について

先生
ゆーちゃん。今日はノーベル賞を2回受賞した女性について勉強するよ。

ゆーちゃん
え!ノーベル賞を2回も受賞した女の人がいるんですか??

先生
そうです。勉強熱心な人だったようですよ。

ゆーちゃん
じゃあ、私も1回くらいとれるんじゃない??

先生
そんなに簡単な話ではないでしょ!
ノートの書き方(例)
どんな人物であったか
キュリー夫人(マリ・キュリー)は1867年ポーランド(ワルシャワ)で生まれます。
とても勉強熱心な人でした。勉強しすぎて、食事を忘れ栄養失調になったこともあります。また、頭が良く姉と同じクラスで勉強していましたが、成績は常にとてもよかったそうです。
研究者になったのは幼い頃に母が病気で亡くなったことと、父が物理学の先生であったことが影響しています。
キュリー夫人がやったこと
●ラジウムとポロニウムという新しい物質を発見: 夫のピエール・キュリーと共に、放射性元素ラジウムとポロニウムを発見しました。
●放射能の研究: 「放射能」という用語をつくり、放射性物質の特性とその応用について深く研究しました。
ノーベル賞を2回受賞
●1903年: 物理学賞を受賞。夫のピエール・キュリー、アンリ・ベクレルと共同で受賞しました。放射能現象の研究が評価されました。
●1911年: 化学賞を単独で受賞。ラジウムとポロニウムの発見とその化学的性質の研究が評価されました。
2つの異なる分野でノーベル賞を受賞した唯一の女性です。
晩年
キュリー夫人は、年をとっても科学の研究を続けましたが、1934年スイスのサンセルモス療養所で亡くなります。
亡くなった原因は白血病です。ポロニウムやラジウムなどの研究でたくさんの放射線を浴びたからではないかとされています。実際、キュリー夫人が使っていたノートからは、強い放射線が検出されたそうです。
